明石焼雑感

 私は「前世は飢饉で死んだ農村の幼い子供の生まれ変わりではないか?」と思う
ほどに食い意地が張っており、食べ物に対し節操がないということも重々承知して
いる。
 先日のある休日、突然「玉子焼」が食べたくなった。俗に「明石焼」と呼ばれて
いる出汁に浸して食するアノたこ焼きの親戚?である。

 その日曜日の昼前、明石は「魚の棚商店街」のとある店を訪れた。
 「こんちわ『玉子焼』を二人前とビールをくださいな。」と暖簾をくぐると「あ、
はい、いらっしゃい。」と初老の女将の少し面食らった様子が見て取れた。
 小さな店を一人で切り盛りするオバチャン(失礼)が戸惑ったように見えた理由が
私には判っていた。

 このたこ焼より歴史の古い明石の伝統「明石焼」の本当の名前は「玉子焼」と言う。
私はそれを率直にオバチャンにぶつけてみた。
 「もうだいぶ前から『明石焼』が定着してしまいましたねぇ。」オバチャンは少し
寂しそうな感じで「そうですねぇ、仕方ないんですかね。元々『明石焼』というのは
当地で焼かれていた焼物のことなんですよ。」おっと、これは知らなかった。成程、
地名の下に「焼」なら備前焼、有田焼、萩焼、瀬戸焼、常滑焼・・・な~る、確かに。
 「なんで『玉子焼』が廃れてしまったんでしょうかね?」「だって明石以外の人が
聞いたら(出汁巻き、目玉焼きなどを指す)『玉子焼』の店?なんでわざわざ店まで
食べに行くのか?なんて思うでしょ?明石以外の人に『玉子焼』なんて言っても通用
しないんですよ。」
 此処で眼から鱗が落ちた。確かに明石の人は「玉子焼」と「玉子焼」を実に上手に
使い分けている。しかし、それは他所では通じないのだ。

 少し脱線するが、我々関西人(おそらく中四国、九州人も)は魚のすり身を揚げた
俗にいう「さつま揚げ」をテンプラと呼んでいる。私自身、小倉駅の立ち食いうどん
店でテンプラうどんを注文した処、なんと堂々とさつま揚げの載せられたたうどんが
出てきて吃驚したが「成程、これもテンプラうどんやなぁ」と妙に納得した経験がある。

 これが中部関東以北の人なら「なんだい、こりゃあさつま揚げじゃぁないか」となる
だろう。食べものの呼び名ほど全国各地で星の数ほど存在するものも珍しいと感じる。
例えば「広島焼」は広島の人にとっては不快であるらしい。確かに「我々が正統派の
お好み焼きだ。お前たちこそ『大阪焼』じゃないか。」と言う話を聞いたこともある。
 此処まで書いてオバチャンの顔が浮かんだ。「もう『明石焼』は仕方ないと思います。
でも『たこ焼ください』と言われるとムカつきますね。」と言ったその顔は、もっと
寂しそうだった。

 目まぐるしいネットの発達で地域に根付いていた食文化は次第に淘汰されて行くのか。
便利もいいが時代の流れには逆らえないのか、としきりに大きな溜息が出るおっさんが
此処に居る。

(5.10.4記)

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