我が故里播州には全国でも特筆されるであろう「播州弁」なるものが存在する。
一口に播磨地方と言えど北播、東播、西播地方と全くの違う文化、方言を形成して
おり、就中現在の姫路市、高砂市沿岸部で話されている言語はアノ河内弁でさえも
京言葉に聞こえるほどの「日本一ガラの悪い方言」と言われているようだ。
その特徴は、と言えば Wikiを初め星の数ほどの文献解説が存在するのでそちらに
お任せし、本稿では播州弁に纏わる僅かばかりの我がエピソードを書きたい。
何度も書いて恐縮なのだが私の趣味と言えば写真、それも被写体である女性との
コミュニケーションをとりながらの撮影である。モデルさんは関東出身の方が多く
最近は(テレビその他で)関西弁に対し結構な免疫が出来てきた人であっても我が
口から発せられる播州弁には驚きと恐怖を覚えられることが多いようだ。「初対面
でお話をしたときはなんと言うもの凄い(このようなやんわりとした表現だったが
実際は超下品で喧嘩腰と思っていたことだろう)言葉だと感じましたが、もう慣れ
ました。でも偶にズキンと来るようなことはありますね。」う~ん、このガラ悪い
播州弁がモデルさんに不快感を与えていることは紛れもない事実であろうが、寧ろ
これを誇りにさえ思うのであるから、この歳に達しても矯正することなど考えられ
ないので始末が悪い。
大阪(市内)出身のモデルさんでさえも「妖怪さんのしゃべくりは私達の大阪弁
とはイントネーションこそ似ているけど、全く違う言語だと感じます。」と仰る。
まぁ、このように口の悪い言葉こそ、発する播州人も腹にはなにもない人が多い。
謂わば「五月の鯉の吹き流し」なのだ。
我が地方は「盆正月に冷飯食ってでも祭には鯛」と言うほど秋祭りに熱狂する。
(最近は大人しくなったが)祭りと言えば喧嘩が付き物。殴り合いは普通。昭和の
時代であったが民家の屋根に上り、瓦を剥いで相手にぶつけ合うなど今なら完璧な
警察案件だろう。実際に目の前で見たそれは筆舌に尽くしがたい迫力だったw
私が直接聞いた訳ではないのだが、当時の自治会長が「あの時は(瓦の弁償で)
えろぅ高ぅついたがな。(大変高くついた)」と言ったそうだ。こんなにとんでも
ない喧嘩をして翌朝、出勤のため駅で当事者同士が顔を合わせても「おぅ、昨日は
すまなんだのぅ。(すまなかったな)」「祭のこっちゃないかぇ。(祭のことじゃ
ないか)」で遺恨など一切残さない。
20年以上も前、姫路市浜手、コテコテ播州弁使いの友人と(ワタシもだが😅)
東北地方を旅行中、とあるホテルのロビーで普通に(ホントです)会話していると
係の人に「喧嘩しないでください。」なんて言われたこともあったなぁ。
まぁ客観的にも確かに喧嘩には向いてるかもねw
因みにガラの悪い、っちゅーか初めての人が播州弁に恐怖を感じるランクは
1.大塩 怖い(ナンバーワンw 「大塩には逆らうな」と言われている)
2.灘、曽根 ⬆️
4.飾磨、的形 ⬇️
6.高砂 優しい
マッタク個人の偏見です。大塩の人、見てたらすんません。
あ、「昨日はすまなんだのぅ」は昭和45年、大塩天満宮でのハナシです😝
(7.3.9記)
播州弁の恐怖

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