白い平面上になんの変哲もない扇形と山形(不等号)を下図のように組み合わせると如何
にも不可解な現象が生ずる。
パッと見ても物理的に存在するはずもない倒立した白色の正三角形を誰もが認識すること
だろう。
これは1955年にイタリアの心理学者ガエタノ・カニッツァによって発表された錯視
図形で「カニッツァの三角形」と呼ばれるものである。普段の論調からは相当掛け離れる
のだが、実は私はこれが狐狸妖怪の正体であると思うのだ。
人間が外部からの情報を得るには「視、聴、臭、味、触」の5感からと言われているが、
このうち最も重要と言うか情報の多さでは無論のこと視覚だろう。ある学者によると視覚
からの情報は他の4感を遥かに凌ぐ実に95パーセント以上であると聞く。ではこの95
パーセントの情報が遮断されてしまったらどうなるのだろうか?
現代では余程辺鄙な場所でもない限り田舎の隅々までも街灯が整備されていて何らかの
視覚情報を得ることはさほど難しくもない。だが近代以前においてはどうだろうか?その
時代での夜には漆黒の闇しかないのだ。古(いにしえ)の人々が夜の闇に怯え、物の怪に
恐怖した時代はほんの百数十年前まで厳然と存在していた。
とっぷりと日の暮れた山道を独りでとぼとぼと歩く人がある。昔のことで街灯などある
はずもなく、月明かりがなければ眼の前は真っ暗。眼から入る情報は手にした提灯から放
たれる如何にも頼りなさげな灯りと、それに照らされた僅か二、三尺前の路面の他は何も
見えない。これ以外に得られる情報と言えばガサガサと騒ぐ枝葉の音、不気味な鳥の啼声、
それに肌に当る風、時には獣の臭い。目に見えない限りいずれにしてもその正体は全くと
言うほどに掴めていない。
こうなってしまうとどうしても情報の欲しい人間の脳は音や臭い、はたまた触覚だけで
しか判っていないにもかかわらず、潜在意識がそれらを物の怪として勝手に情報をデッチ
上げてしまうらしい。
科学の発達していなかった近世までは人間の理解出来ない現象は(神、妖怪などを含む)
人間以上の存在の仕業であるとしか説明がつかなかった。無論のこと潜在意識などという
概念さえもなく「自分の脳内で勝手に狐狸妖怪がデッチ上げられている」などとは夢にも
思わなかったことだろう。得体の知れないものに怯えることは人間として当たり前のこと
なのだ。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」誰もが知っている言葉だけど改めて・・・名言ですなぁ。
(6.4.24 記)
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